2016年03月15日

う疑問を抱く

う疑問を抱く

 早苗は、我慢して、もう一度最初から奇妙な短編小説を読み直してみた。もしかすると、彼の死恐怖症《タナトフオビア》そのものは健在だったのかもしれない、とい。ここま水腫で死に対して異常な関心とこだわりを見せるのは、その根底に恐怖が存在しているからではないか。だとすれば、死に対する恐怖は感じつつも、何らかの方法で、それを強引にねじ伏せているのかもしれない。恐怖を快感によってマスキングするようなやり方で。
 早苗の頭に真っ先に浮かんだのは、ドラッグだった。ホスピスでも、終末期の患者の不安を軽減する目的で、メジャー?トランキライザーや、抗不安薬などを処方することはあった。しかし、死への恐怖を完全に消し去ってしまうような薬物など存在しない。たとえ、コカインやヘロイン、メタンフェタミン、PCPなどを大量に用いたところで、そこまでの効果を上げられるかどうかは疑問である。
 だが、彼がアマゾンから、信じられないほど強力な作用を持つ、未知の麻薬を持ち帰っていたとしたら、どうだろうか。死への恐怖が耐えがたいものになるたびに、麻薬によ住宅設計る恍惚境《こうこつきよう》で気分を紛らわせていたとしたら。そして、いつしかそれが単なる嗜癖《しへき》を越えて、死への恐怖そのものに耽溺《たんでき》するような倒錯した条件付けを造り出してしまったなら……。
 早苗は、苦笑いした。ときどき自分でも、憶測と妄想の区別がつかなくなることがある。頭を振って、月刊誌に目を落とす。
『燈台』でも、高梨の作品の扱いに苦慮している様子は、ありありと見て取れた。解説をまかされた文芸評論家も、半ば困惑気味に『死に取り憑かれた』と表現している。その言葉は、正しいのかもしれない。
 だが、逝ってしまう前に、彼はこの作品で何を言いたかったのだろう。
 早苗の耳の奥で、福家記者の電話の声がよみがえった。彼は最初、『|Sine Die《サイニーダイイー》』というタイトルを見て、ローマ字と英語を併せたものだと速断してしまったらしい。
 まるでそれが、読者すべてにNespressoあてたメッセージ、「死ね。|Die《ダイ》」という命令文であるかのように。


Posted by 淺笑嫣然 at 12:24│Comments(0)
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