2016年03月23日

ら沈黙を守



「先ほど申しましたとおり、赤松さんは、アマゾン探検隊に参加していました」
 早苗は、慎重に言葉を選びながらしゃべった。渡邊教授の表情を観察すると、かすかに動揺が走ったようだ。さっき、アマゾンという言葉を聞いたときと同じだ。やはり、何か思い当たる部分があるのだ。
「実は、同時期にアマゾンへ行って亡くなったのは、赤松さんだけではないんです」
 渡邊教授は、あやうく煙草を取り落としかけた。
「何だって?」
「ほかに、二人が亡くなっているんです」
「しかし、そんなことは……」
 渡邊教授の顔色が、蒼白《そうはく》になった。
 早苗は唾《つば》を飲み込んだ。どうやら、的中したらしい。渡邊教授は、司法解剖の際に、何かを見ている。
「渡邊先生。何か、お心当たりがあるんですね?」
 渡邊教授は無言だった。煙草を持った手が震えている。もう一押しだ。
「先生がご覧になったものは、赤松さんの直接の[#「直接の」に傍点]死因ではないかもしれません。ですが、その原因を作った可能性が高いんです」
「その、根拠は?」
 渡邊教授は、鋭い目で早苗を見た。
「赤松さんを含めて、三人とも自殺してるんです。しかも、常識では考えられないような方法でです」
「だからと言って……」
「うち一人は、私が直接診察しました。奇怪な幻聴や、幻覚、妄想などの精神症状が見られました。それも、精神分裂病などとは明らかに違います。今までに知られていなかったような種類の精神病なんです。しかも、これは、何らかの方法で伝染するのではないかと思われる節があります」
 これが、駄目押しになったのがわかった。早苗は、逸《はや》る心を抑えながった。渡邊教授が自分から話し出すのを、辛抱強く待つ。
「保健所には、一応、報告した」  


Posted by 淺笑嫣然 at 12:52Comments(0)

2016年03月15日

う疑問を抱く



 早苗は、我慢して、もう一度最初から奇妙な短編小説を読み直してみた。もしかすると、彼の死恐怖症《タナトフオビア》そのものは健在だったのかもしれない、とい。ここま水腫で死に対して異常な関心とこだわりを見せるのは、その根底に恐怖が存在しているからではないか。だとすれば、死に対する恐怖は感じつつも、何らかの方法で、それを強引にねじ伏せているのかもしれない。恐怖を快感によってマスキングするようなやり方で。
 早苗の頭に真っ先に浮かんだのは、ドラッグだった。ホスピスでも、終末期の患者の不安を軽減する目的で、メジャー?トランキライザーや、抗不安薬などを処方することはあった。しかし、死への恐怖を完全に消し去ってしまうような薬物など存在しない。たとえ、コカインやヘロイン、メタンフェタミン、PCPなどを大量に用いたところで、そこまでの効果を上げられるかどうかは疑問である。
 だが、彼がアマゾンから、信じられないほど強力な作用を持つ、未知の麻薬を持ち帰っていたとしたら、どうだろうか。死への恐怖が耐えがたいものになるたびに、麻薬によ住宅設計る恍惚境《こうこつきよう》で気分を紛らわせていたとしたら。そして、いつしかそれが単なる嗜癖《しへき》を越えて、死への恐怖そのものに耽溺《たんでき》するような倒錯した条件付けを造り出してしまったなら……。
 早苗は、苦笑いした。ときどき自分でも、憶測と妄想の区別がつかなくなることがある。頭を振って、月刊誌に目を落とす。
『燈台』でも、高梨の作品の扱いに苦慮している様子は、ありありと見て取れた。解説をまかされた文芸評論家も、半ば困惑気味に『死に取り憑かれた』と表現している。その言葉は、正しいのかもしれない。
 だが、逝ってしまう前に、彼はこの作品で何を言いたかったのだろう。
 早苗の耳の奥で、福家記者の電話の声がよみがえった。彼は最初、『|Sine Die《サイニーダイイー》』というタイトルを見て、ローマ字と英語を併せたものだと速断してしまったらしい。
 まるでそれが、読者すべてにNespressoあてたメッセージ、「死ね。|Die《ダイ》」という命令文であるかのように。  


Posted by 淺笑嫣然 at 12:24Comments(0)