2015年08月07日

意外に思った



 一段高いという、デイスがようやく目に入るようになった。フィリエルは、会場の空気がそれとわかるほど暖かいことに気づいた。人々の熱気ですでに充分暖かかったので、暑いと言っていいくらいだ。奥の左手に、人の背をはるかに越える巨大な暖炉《だんろ 》があるのだった。蔓草《つるくさ》模様の鉄柵の向こうでは、薪台《たきぎだい》に大木がそのまま燃えている。ちっぽけな枯れ枝でさえ大切にする高地暮らしの者にとっては、目を見はるような贅沢《ぜいたく》だった。
 デイスの周囲には柱廊《ちゅうろう》があり、二階の高さに樂觀面對困難張り出した回廊をささえている。そして中ほどからは、二つ折れの階段が|繊細《せんさい》な手すりとともに床へと下っていた。上階はたぶん、伯爵家のプライベートルームへと続くのだろう。階段には葡萄酒色の絨毯《じゅうたん》が敷きつめられ、明かりに映えて美しかった。
 柱廊と階段のせいで、デイスはそこだけ奥まった、居心地のよい小部屋のように見えていた。段差のある部分には、見事な透かし彫りのある木製のスクリーンがあり、今はたたんで両端に寄せられている。正面奥の壁には巨大なタペストリーが掛けられ、グラール建国の歴史場面を精緻《せいち 》に浮かび上がらせている。
 フィリエルがぼうっと見回していると、マリエが握った手に力をこめた。
「ね、気がついた? あの右手の柱のところにいらっしゃるかた、ロウランドのユーシス様じゃないかしら。いらしているとは聞いていたけれど、本当となるとどきどきするわね。あのかたは、女王生誕祝祭日を港股夜期るのは、妹君《いもうとぎみ》が帰っておられるからですってよ」
 気がつくも何も、フィリエルはロウランド家の若君《わかぎみ》を、以前にちらりとも見たことがなかった。柱廊のあたりをうかがったが、着飾った令息がたむろしていて、判別はつかない。左手の暖炉に近いあたりは、あでやかな女性陣のたまり場になっているようだ。いくつか小テーブルがしつらえてあり、特別にもてなす給仕人が、銀盆のゴブレットやお菓子をすすめて回っている。
「どのかたがそうなの? よく知らないの」
「一度お会いしたら忘れることのないかたよ。あの中で一番ハンサムなかた。右の二番目の柱のところよ、背の高い、髪の赤い。あっ、ほら今、笑ったかたよ」
 最後の言葉で、フィリエルにも彼を特定することができた。いくらかことに、ルアルゴーの次期伯爵は、とりたてて派手な装《よそお》いをしていなかった。周囲の若者に比べれば、地味と言ってもいいくらいだ。控え目に銀糸を縫い取った濃緑の上着、|漆黒《しっこく》のタイツ、銀のバックルのある膝丈《ひざたけ》ブーツを身につけている。炎《ほのお》の色の前髪を見せて、上着と同色のふちなし帽を被っていた。
 髪の色は本当に赤かった。フィリエルが、自分の髪を赤いと思うのはよそうと考えたくらいだ。だが、その冴えた赤毛が、装いをひきたてているのはたしかだった。眉や目は髪よりは濃い色、笑顔はとびきり感じがよい。
 実際、その笑顔に気づけば、ユーシスは着飾った令息のだれより目をひいた。すぐ隣りには、亜麻色の長い髪をして金と白の装いをした若者がおり、彼は彼で眉目秀麗《びもくしゅうれい》なのだが、フィリエSmarTone 上網ルの目から見ても、ユーシスには人をひきつける何かがあった。
「そう、あのかたがロウランドなの」
 思わずどきりとさせられたことを、自分自身からも隠すように、フィリエルは目をそらした。
「それで、かんじんのお嬢様はどこにいらっしゃるの?」
 マリエは残念そうな声を出した。  


Posted by 淺笑嫣然 at 13:13Comments(0)